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高松高等裁判所 昭和50年(行コ)7号 判決 1975年12月25日

控訴人(附帯被控訴人)

徳島県

右代表者

武市恭信

右訴訟代理人

俵正市

外二名

被控訴人(附帯控訴人)

井上直

外四名

右被控訴人(附帯控訴人)

五名訴訟代理人

林伸豪

外一名

主文

本件各控訴及び各附帯控訴をいずれも棄却する。

本件各控訴に要した費用は控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、本件各附帯控訴に要した費用は被控訴人(附帯控訴人)らの負担とする。

事実

控訴(附帯被控訴)代理人は、「原判決中控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という)敗訴の部分を取消す。被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という)らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らの各附帯控訴等につき、「本件各附帯控訴を棄却する。被控訴人井上直が当審で拡張した請求部分を棄却する。附帯控訴費用は被控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

被控訴代理人は、「本件各控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴につき、一部請求の趣旨を変更(請求の拡張及び減縮)し、「原判決を次の通り変更する。控訴人は、被控訴人井上直に対し金五万二三一七円(その請求を一円拡張)、被控訴人岩崎繁に対し金五万一七〇四円、被控訴人北川歳市に対し金五万四三三七円、被控訴人高田宏に対し金五万四七〇八円、被控訴人西木秀治に対し金五万三八三一円及び右各金員に対する昭和四六年一一月七日から右各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上法律上の主張、提出援用した証拠、認否は、次に附加する外は、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(控訴人の主張)

一、年次有給休暇(以下単に年次休暇という)の制度目的を憲法二五条の生存権の保障を具体化したものとすれば、右休息権には、憲法一二条一三条にいう権利行使についての内在的制約が存するものというべく、本来の休息権の行使でないものについては、その内在的制約を逸脱するものであつて、権利の濫用というべきである。しかして、労働者が使用者に対する一定の要求を貫徹するために、労働組合の指令に基づき計画的組織的に行う職場離脱等の争議行為は、使用者の業務を阻害し、使用者に打撃を与えるための集団的対抗行為であるから、休息権の行使とはいい得ないものである。換言すれば、休息権である年次休暇を使用者に対する斗争の手段として行使することは他の目的のために行使する場合とは異なり、休息権の制度目的を逸脱するものであつて許されず、このことは、その際の争議行為が当該事業場で行われたが、他の事業場の争議行為に参加したものであるかによつて区別さるべきものではない。けだし、争議行為とは、労働関係の一方当事者に向けられた対抗行為であつて、事業場の管理者に向けられたものではないからである。

なお、年次休暇の利用目的が自由であることを理由にして、同盟罷業その他の争議行為に使用することを目的とした年次休暇を、使用者に罰則つきで強制的に認めさせるような結果となる解釈をとることは許さるべきではない。このことは、争議権を保障している民間企業の場合にも妥当するが、争議権を保障していない地方公務員等の場合には、なおさら妥当するものというべきである。従来地方公務員等においては、争議行為が禁止されており、争議を行うことが違法であるため、年次休暇の自由利用の原則を適用させて、争議行為の違法性を年次休暇の適法性によつて、正当な行為に転換し、賃金を受けるために争議戦術としての一斉休暇、部分スト、指名スト等のために年次休暇が利用されてきたのである。このような脱法行為的意向でなされる年休権の行使を適法であるとすることはできない。

二、次に、労基法三九条三項但書の使用者の時季変更権は、当該事業場において当該労働者が時季変更権を行使した当該日に、休暇をとること自体が事業の正常な運営を阻害することになるか否かを基準に判断して行使さるべきものである。そして当該事業場の事業の正常な運営が阻害されるか否かは、使用者ないしは当該事業場の管理者が正常な事業体制にあることを前提として判断すべきものであつて、争議行為という異常な事態をも前提として判断をすべきものでないことはいうまでもない。けだし、使用者の時季変更権の行使は、単に繁忙であるという理由のみでは正当な行使ではないといえようが、争議行為が行われたときは、それが他の事業場を拠点とする拠点斗争であつても、使用者の業務全体を阻害する虞れがあり、当該事業場にもその影響が及び、そのために年次休暇自体による影響をはるかに超えて、事業の正常な運営を阻害される結果となることがあり、その影響を事前に予測することは至難であるからである。そして、このことは、年休権は、本来使用者と労働者個人の関係、いわば個別的労働関係という次元の問題であるのに対し、争議行為は、使用者と労働組合との関係、すなわち集団的労働関係という次元の問題であることからも明らかであるといえるし、法が、年休権については「事業の正常な運営」といい、争議行為については、「業務の正常な運営」と表現しているのもこのことを窺わせるのである。なお、使用者の時季変更権の行使を無意義ならしめるような目的態様の年休権の行使は、一斉休暇斗争に限らず、部分スト、指名スト等の争議行為に利用される場合でも同じであつて、一斉休暇斗争の場合にのみ限定すべきものではない。以上要するに、争議行為を目的とした年休権の行使は、事業場の自他の区別をすることなく、そもそも年休権の制度目的から逸脱した違法のものというべきである。

三、次に、年次休暇は、本来の労働義務のある日(又は時間)に、労働義務から解放されるところに意味があるから、本来労働義務のない日に年休権の行使を論ずる余地はない。同盟罷業は労働者の集団的な就労拒否であり使用者が労働義務を課す余地はない。また、使用者の行うロツクアウトは、使用者の就労の受領拒否であり、労働者が労働義務を課す余地がない。このような意味で、同盟罷業やロツクアウト等の争議行為が行われている日に労働義務はなく年休権の行使を論ずる余地はない。そして争議行為が拠点斗争の形態をとり、当該労働者の所属する事業場以外の他の事業場での拠点斗争に当該労働者が参加し、当該拠点斗争の行われた事業場の業務を阻害したという場合でも、当該労働者は争議行為に参加したものであり、その日には、当該労働者につき、労働義務がなかつたのであるから、年次休暇の成立を論ずる余地はない。けだし、争議行為は、労働関係の当事者間の業務阻害であり、労基法三九条三項但書は、当該事業場の業務阻害の問題であるところ、当該事業場の業務を阻害しなければ、争議行為ではないという解釈は誤りであり、当該事業場を拠点とする拠点斗争も、使用者に対する対抗行為たる争議行為であることはいうまでもないからである。したがつて、控訴人徳島県の本庁を拠点とする県職の一一・一三ストに参加した被控訴人らの本件年次休暇権の行使は違法である。

四、次に、同盟罷業は、労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にあり、その手段方法は労働者が団体としてその持つ労働力を使用者に使用させないところにあり(最高裁判所昭和二七年一〇月二二日判決)、一定の要求を貫徹するため、組合の指令に基づき、計画的、組織的に職場離脱を行うものであるから、右離脱によつて同盟罷業は成立するのであつて、離脱した職員が集会、ピケ等に参加することを要するものではないと解すべきところ、本件一一・一三ストは、被控訴人らが構成員である自治労徳島県職員労働組合が自治労の全国統一行動の一環として、控訴人徳島県に対し、昭和四四年度人事院勧告の完全実施等を要求してその要求貫徹のために行つた同盟罷業であつて、被控訴人らは、右県職組のストライキ指令に基づき、右同日年次休暇を請求し、同日各人が所属する職場を離脱したのであるから、被控訴人らの右所為は同盟罷業そのものである。けだし、同盟罷業は、職場離脱者の当該職場の業務を現実に阻害しない場合でも、職場離脱が組合の統一意思により集団的に行われれば足りるのであつて、同盟罷業の本質は、そこにあるからである。なお、出先機関の職員がスト当日、本庁で行われる職場集会に参加しても、その出先機関では同盟罷業である職場離脱を行つたのであるから、その出先機関における争議行為に参加することになるのであつて、一般的にはこれを本庁の同盟罷業に参加する行為であるとか、本庁の同盟罷業を支援する行為であるとして、とらえるべきではないのである。もつとも、この場合でも、本庁における業務を阻害する行為(例えば本庁においてピケに参加する行為)があれば、この点でも争議行為に参加したものとみるべきである。

五、次に、被控訴人井上は、本件一一・一三スト当時、徳島県立中央病院の診療部門である外来各科の整形外科に看護婦として勤務していた者であるが、県職のストライキ指令に基づき、右同日職場を離脱し、本庁とは別に右病院においても行われた同盟罷業に参加したものである。右中央病院では、同日勤務すべきであつた者二三二名のうち一〇一名が午前八時三〇分から約一時間に亘り、右職場を離脱し、同病院の正常な業務の運営に支障をきたす虞れのある争議行為を行つたのである。そして被控訴人井上は、まさに自己の所属する事業場での同盟罷業すなわち組合の統一的意思に基づく職場離脱に参加したものであるから、他の被控訴人らとは同一に論ずることはできないのである。

六、よつて、被控訴人らの本件年休権の行使は違法なものというべきである。

(被控訴人らの主張)

一、控訴人の右主張は争う。

二、徳島県知事が被控訴人らに対してなした本件給料及び勤勉手当の減額処分は明らかに違法なものであるところ、被控訴人らは、右違法な本件処分により、その後組合活動を行うについて多大の困難を生じ、又自己の勤務成績評価の上で不利益を受けるかもわからないとの不安をもつなど、回復し難い精神上の損害を蒙つたものというべきであつて、被控訴人らの蒙つた右精神的苦痛が慰藉さるべき金額は、各自金五万円をもつて相当と認むべきである。

なお、被控訴人井上直が、本件処分によつてカツトされた給料及び勤勉手当の額は合計金二三一七円であるから(原審で金二三一六円と主張したのは誤りであるから訂正する)、当審で請求を拡張し、右金二三一七円の支払を請求する。

よつて、被控訴人らは、附帯控訴をし、かつ、その請求の趣旨を一部変更して、控訴人に対し、被控訴人井上直は金五万二三一七円、被控訴人岩崎繁は金五万一七〇四円、被控訴人北川歳市は金五万四三三七円、被控訴人高田宏は金五万四七〇八円、被控訴人西木秀治は金五万三八三一円及び右各金員に対する本件訴状送達の翌日である昭和四六年一一月七日以降右支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(証拠関係)<略>

理由

一当裁判所も、被控訴人らの本訴請求は、原判決主文第一項に記載の限度で正当であり、その余は失当であると認定判断をするものであつて、その理由は、次に訂正附加する外は、原判決理由と同一であるから、これを引用する。

原判決二五枚目表末行の「第一五号証」とある次に、「原本の存在及び」と挿入する。

二控訴人は、当審でも、種々の事由をあげて、被控訴人らの本件年次休暇権の行使は、違法であつて、年次休暇は有効に成立していないと主張しているが、控訴人の右主張は、次に述べる通り、いずれも理由がない。すなわち、

1  まず、年次休暇権の行使についても、内在的な制約があり、権利の濫用は許さるべきでないことは、控訴人主張の通りである。しかしながら、年次休暇における休暇の利用目的は、労基法の関知しないところであり、休暇をどのように利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由であると解すべきであるから(最高裁判所・昭和四一年(オ)第一四二〇号・同四八年三月二日第二小法廷判決、民集二七巻二号二一〇頁参照)、労働者が年次休暇を、肉体的精神的労働を要する他の労働(例えば、自宅の農作業、家事、その他臨時の社会的、文化的活動)等、社会通念上は労働者の身心の休息にはならないことに使用したからといつてその年次休暇権の行使が違法無効となるものではない。そして、このことは、争議行為が禁止されている地方公務員が職員組合の指令に基づき、同一使用者(地方公共団体)の他の事業場における争議行為に参加しこれを支援するために年次休暇を使用した場合であつても、それが当該労働者の所属する同一事業場の一斉休暇斗争に利用されたものでない限り、差異はないものと解すべきである。けだし、地方公務員については争議行為は禁止されているけれども、地方公務員法五八条三項の規定に照らし、地方公務員にも労基法三九条の適用があるし、また、元来、労基法三九条但書の「事業の正当な運営を妨げる」か否かの判断は、当該労働者の所属する事業場を基準として決すべきであつて(前掲最高裁判所判決参照)、他の事業場の争議行為に参加しても、それが当然には当該労働者の所属する事業場の正常な業務の運営を妨げることにはならないからである。したがつて、年次休暇が、当該労働者の所属する事業場の一斉休暇斗争等の争議行為に使用された場合は格別、それ以外の他の事業場の争議行為に参加する目的で使用されたこと等、その使用目的をとらえて、その権利行使が違法であるとか、或は、権利の濫用になるとはいい得ないというべきである。

2  次に、控訴人は、労基法三九条三項但書の当該事業場の「事業の正常な運営が阻害される」か否かは、正常な事業体制にあることを前提として判断さるべきものであつて、争議行為の行われているような場合には、右の如き判断をする余地はないとし、争議行為を目的とした年次休暇権の行使は、その事業場の自他の区別をするまでもなく年次休暇の制度目的を逸脱した違法なものであると主張している。しかしながら、年次休暇は、労基法三九条一・二項の要件を充足することによつて法律上当然に労働者に生ずる権利であり、同条三項により、労働者がその有する休暇日数の範囲内で具体的な休暇の始期と終期とを特定して右の時季指定をしたときは、客観的に同条三項但書所定の事由が存し、かつ、これを理由として使用者が時季変更権を行使しない限り、右の指定によつて年次休暇が成立し、当該労働日における就労義務が消滅するものと解すべきであるから(最高裁判所昭和四一年(オ)第八四八号・同四八年三月二日第二小法廷判決、民集二七巻二号一九一頁参照)、労働者から年次休暇の時季指定がなされた際に、当該労働者の所属する事業場以外の事業場で争議行為が行われていたからといつて、客観的に同条三項但書所定の事由が存在し、かつ、これを理由として使用者が時季変更権を行使しない限り、年次休暇の成立を妨げられるものではなく、また、前記の如く、年次休暇をどのように利用するかは使用者の干渉を許さない労働者の自由であるから、他の事業場の争議行為に参加するために年次休暇を利用する目的であるとしても、右年次休暇により、当該労働者の所属する事業場の事業の正常な運営が阻害されるものでない限り、使用者には、その時季変更権はないものというべきである。したがつて、控訴人の前記主張から年次休暇の成立を否定することはできないものというべきである。

3  次に、労働者が同盟罷業を行つているときや使用者がロツクアウトに行つているときには、年次休暇の成立する余地のないことは控訴人主張の通りである。しかしながら、同一使用者の事業場が数個ある場合において、年次休暇の時季指定をした当該労働者の所属する事業場以外の他の事業場の労働者が同盟罷業を行つているとしても、年次休暇の時季指定をした当該労働者の所属する事業場の労働者が同盟罷業を行つていない場合には、他の事業場の同盟罷業のため、同盟罷業を行つていない事業場の労働者の労務の提供を受けられないような特段の事情のない限り、当該労働者の労働義務は存在するものであるから、当該労働者について年次休暇の成立する余地があるといわなければならない。そして争議行為がいわゆる拠点斗争の形態をとり、年次休暇の時季指定を行つた労働者が、自己の所属する事業場以外の事業場の拠点斗争に参加した場合であつても、当該労働者の所属する労働者の事業場の事業の正常な運営が阻害される事実が客観的に存在し、かつ、使用者がこれを理由にして時季変更権を行使しない限り、年次休暇は有効に成立するものというべきである。

4  次に、控訴人は、同盟罷業は、一定の要求を貫徹するため、組合の指令に基づき、計画的、組織的に職場離脱を行うことによつて成立し、離脱した職員が集会、ピケ等に参加することを要するものではないとし、被控訴人らが徳島県職組の指令に基づき、本件年次休暇を請求し、各自の所属する職場を離脱したものであるから、被控訴人らの右所為は、同盟罷業そのものであるとの趣旨の主張をしている。しかしながら、同盟罷業は、労働者が集団的に就労を拒否することをいうのであつて、年次休暇をとつた当該労働者の属する事業場の他の労働者が就労しており、その事業の正常な運営が阻害されていない以上は、年次休暇をとつた当該労働者が自己の所属する以外の他の事業場で行われている同盟罷業に参加し、これを支援したからといつて、同該労働者の行為がいわゆる同盟罷業の行為に該るものとは解し難く、したがつて、県の出先機関の職員が、本庁の職員で行われた職場集会に参加しこれを支援したとしても、右出先機関の職員の右行為が同盟罷業行為に該ると解することはできないのである。

5  しかして、被控訴人らの属する県職組(自治労徳島県職員労働組合)が昭和四四年度の公務員給与に関する人事院勧告の完全実施を要求する自治労全国統一行動の一環として、控訴人県の本庁中庭において、昭和四四年一一月一三日、始業時間である午前八時三〇分から一時間に亘り、本庁職員による職場集会を開くことを計画し、これを実施したこと、被控訴人らはあらかじめ本件年次休暇の届出(時季指定)をし、かつ、その各所属長の承認を受け、たので、本件年次休暇を利用して右本庁の職場集会に参加しこれを支援したこと、被控訴人らは、いずれも右職場集会の開かれた控訴人県の本庁に所属する職員ではなく、被控訴人ら所属の職場(事業場)の同盟罷業に参加したものでないことはさきに認定した通りであり(原判決理由二の1参照)、また被控訴人らの届出た年次休暇に対しその利用前に、被控訴人らの使用者である控訴人県側(各所属長)で、その時季変更権を適法に行使したことについては何等の主張立証もないから、被控訴人らの本件年次休暇は有効に成立したものというべきである。

もつとも、控訴人は、昭和四四年一一月一三日、被控訴人井上の勤務していた控訴人県の中央病院においても、同盟罷業が行われたところ、被控訴人井上は、右同日その職務を離脱することにより、右中央病院で行われた職場集会に参加したものであるとの趣旨の主張をしているところ、<証拠>によれば、被控訴人井上は、昭和四四年一一月一三日当時、前記の如く、中央病院の外来の整形外科に看護婦として勤務していたこと、右中央病院では、右同日、勤務すべきであつた者二三二名(職員総数は三一一名)のうち、約一〇一名の者が午前八時三〇分から約一時間に亘り、その職場を離脱し近くの旅館大正楼でいわゆる職場集会を開いたことが認められる。しかしながら他方、原本の存在及び<証拠>を総合すると、次の如き事実が認められる。前記中央病院で行われた職場集会に出席したものは、いずれも年次休暇を利用せず、無断欠勤をして右職場集会に出席したものであること、これに対し、被控訴人井上は、当時県職組の執行委員をしていた関係から、右一一月一三日には、控訴人県の本庁で行われる予定の職場集会の支援に行く予定になつていたので、これより先の同月一二日の午前中に、翌一三日の一日間年次休暇をとる旨の届出(時季指定)をし、その所属長の承認を受けたこと、そして翌一三日には、右年次休暇を利用して控訴人県の本庁に赴き、同所で行われた職場集会の支援活動を行い、右集会が終つた後は、組合活動に従事したこと、したがつて、被控訴人井上の本件年次休暇は、同被控訴人の勤務する中央病院で行われた職場集会に出席するために利用されたものではなく、これと無関係のことに利用されたものであること、また一方、被控訴人井上の所属長は、被控訴人井上から本件年次休暇の届出がなされた一一月一二日当時には、翌一三日に中央病院でも職場集会が開かれる予定になつていたことを知つていたにも拘らず、被控訴人井上の本件年次休暇の届出に対し、その承認をしたし、さらに、被控訴人井上以外の者で、右一一月一三日に年次休暇をとる旨の届出(時季指定)をしたものに対しても、その承認を与え、あらかじめ年次休暇の時季変更権を行使したようなことは全くないこと、以上の如き事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そうだとすれば、被控訴人井上の本件年次休暇も、同被控訴人の所属する事業場(中央病院)の同盟罷業等の争議行為に参加するために利用されたものではなく、右事業場(中央病院)の正当な業務の阻害を目的とするものではないというべきであるから、同被控訴人の本件年次休暇は有効に成立しているものというべきである。

6  なお、以上の外、控訴人の主張する事由は、被控訴人らの本件年次休暇が有効に成立することを否定する事由になるものとは解し難い。

よつて、被控訴人らの本件年次休暇は有効に成立していないとの控訴人の主張は、すべて失当である。

三次に、被控訴人らは、当審でも、徳島県知事が被控訴人らに対してなした本件給料及び勤勉手当の減額処分は明らかに違法であるから、控訴人は国家賠償法一条一項により被控訴人ら主張の損害(慰藉料)を賠償すべき義務があると主張している。しかしながら、ある事項に関する法律解釈につき、異なる見解が対立して疑義を生じ、拠るべき明確な判例・学説がなく、実務上の取扱いも分かれていて、そのいずれについても一応の論拠が認められる場合に、公務員がその一方の解釈に立脚して公務を執行したときは、後にその執行が違法と判断されたからといつて、ただちに右公務員に過失があつたものとすることは相当でないと解すべきところ(最高裁判所昭和四五年(オ)第八八六号・同四九年一二月一二日第一小法廷判決・民集二八巻一〇号二〇二八頁以下掲載、なお、そのうち二〇三〇頁参照)、これを本件についてみるに、昭和四四年当時においては、地方公務員がその年次休暇を利用して、自己の所属する以外の事業場の争議行為に参加することが違法であるか否か、使用者側は、争議行為に参加しないことを条件として年次休暇を与えたり、或は、一旦与えた年次休暇をその後の争議行為に利用したことを理由としてこれを取消すことができるか否かについては、学説上争いがあり、下級裁判所の解釈やその他実務の解釈も、必ずしも統一されていたわけではなく、これを如何に解するかについて、解釈上疑義があつたことは当裁判所に顕著であるのみならず、<証拠>によれば、本件に関し、法政大学の青木宗也教授は、地方公務員が年次休暇を利用して他の事業場の争議行為に参加した場合に、その後において、右年次休暇を取消すことはできず、給料の減額処分をすることは違法であるとの趣旨の鑑定書と題する書面(甲第七号証)を作成しているのに対し、東京工業大学の慶谷淑夫教授は、これと反対に、右の如き場合に、年次休暇を取消し、給料の減額処分をすることは適法であるとの趣旨の鑑定書と題する書面(乙第一六号証の一)を作成していることが認められるし、さらに、昭和四〇年徳島県条例第二〇号(職員の勤務時間、休日及び休暇に関する条例)六条二項、四項、八条、昭和四〇年徳島県人事委員会規則七の一(職員の勤務時間、休日及び休暇に関する規則)四条一項別表第一、五条一項等には、控訴人県の職員が年次休暇を受けようとするときは、あらかじめ任命権者の承認を受けなければならないとしているのであるから、徳島県知事が違法に被控訴人らの本件年次休暇を取消し、給料及び勤勉手当の減額処分をしたことにつき、故意過失があるとは認め難い。よつて、被控訴人らが、国家賠償法一条一項に基づき、控訴人に対し損害賠償の支払を求める請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当である。

四してみれば、被控訴人らの本訴請求は、給料及び勤勉手当の支払いとして、原判決主文第一項記載の金員の支払を求める限度で正当であるが、その余は失当である。

なお、被控訴人井上は、原審でその給料及び勤勉手当につき、合計金二三一六円を減額されたと主張して右金員の支払を求めたところ、原判決は、右被控訴人井上の主張金額を超え、被控訴人井上は、合計金二三一七円の給料及び勤務手当を減額されたとしてその支払を命じたが、被控訴人井上は当審で主張を訂正しかつ請求を拡張して右金二三一七円の支払を求めたから、これによつて、原判決の右瑕疵は治癒されたものというべく、したがつて原判決中被控訴人井上の関係で右金員の支払を命じた部分は結局相当としてこれを取消す必要はないものと解すべきである。

よつて、本件各控訴及び本件各附帯控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、控訴費用及び附帯控訴費用につき民訴法九五条八九条九三条を適用して主文の通り判決する。

(秋山正雄 後藤勇 古市清)

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